伝統とグローバルの間で(ロンドン視察記③)
2014年9月2日13:40
さてさて,そもそもの今回のロンドン視察の目的は,イギリスの労働・社会保障制度の現場を知ることにありました。今回は少しそのお話をしたいと思います。
日本は,労働者の保護規制を緩和させ,労働形態をより柔軟に,労働市場をより活性化させる方針での改正議論がなされています。最近でいえば,割増賃金規定適用除外の範囲拡大の議論であったり,解雇規制の緩和(より簡単に解雇できるように)の議論であったりするのがその流れです。
他方で,労基法を遵守しないブラック企業が社会問題となったり,過労死を含む働き過ぎが問題となったり,非正規労働者と正規労働者の労働条件の格差が問題となっているわけです。そして,法改正の議論には,必ず,「諸外国(特に欧米)ではこうなっている」という指摘がなされます。
イギリスはどうでしょうか。確かに,労働市場は日本に比べて活発なようです。解雇も日本に比べてしやすい。例えば,大切なのはカウンセリングや異議申立などの機会(手続)であり,解雇の理由(能力の有無など)はあまり問題にならないようです(差別には厳しいですが)。割増賃金の規定もありません。1週間で48時間という法定労働時間の規制があり,それ以上働く場合は各労働者との間で個別に合意を書面でとる必要があります(個別的オプト・アウト)。
では,ブラック企業が多いかと言えば,過労死などは問題になりません。労働条件が悪ければ労働者は簡単にその会社を辞めてしまうからのようです。職種にもよりますが,法定時間以上の労働もあまり多くないようです。派遣労働者も12週間以上働くと,正規労働者と同じ労働条件としなければなりません。なので,企業もメリットが少ない派遣労働者をあまり使わないようです。
なるほど,いいことずくめのように見えて,イギリスの労働法制を見習えというのも頷けます。しかし,イギリスの法制度の背景には,人々の労働に対する考え方(法習慣・法風土)の違いがあります。すなわち,イギリスの人は,仕事に就くとき,その職務に就くという考え方をしており,会社に入るという意識は低いようです。働いている場所自体はステップアップのための段階であり,よりよい条件があれば職場を移ります。
仕事は職務に対して就くものですから,解雇する側も明快です。その仕事が十分にできない場合はもちろん,その事業部門が赤字であれば,会社全体が赤字でなくても整理解雇の対象なのです。このような考え方は,同じ仕事をしていれば同じ賃金を支払うという同一労働同一賃金の原則は受け入れやすいといえそうです。そのため,非正規社員と正規社員の労働条件の格差が少なくても違和感はないでしょう。
これに対して,日本は年功序列・終身雇用に代表されるように,就職というよりは就社でした。会社を中心にその個人に仕事を割り振られるのも当然です。それゆえ,転職も少なく,中途採用も少ないという歴史がありました。ブラック企業を育てているのもそういった仕事に対する考え方も背景としてあったかもしれません。
このような仕事に対する考え方(法習慣・法風土)が,農耕民族・狩猟民族の違いに由来するかどうかは分かりませんが,年功給や終身雇用を再評価する研究もありますし,一概に悪い考え方と言い切れるかはわかりません。
大体,単純に考えて,労働者が職場をころころ変えることは会社や社会全体のコストになりうるものですから,出来るだけ労働者の移動は少ない方が合理的だという考え方は成り立ちうるところです。
大きく影響を与えているのはグローバリゼーションなのでしょう。国境が無くなるということは,法習慣や法文化の淘汰も起こりうるものです。何が正しいかということ(もちろん正しさも重要ですが)以上に,何がグローバル・スタンダードかがととっても重い事実なのかも知れません
(続く)
弁護士 金 井 健
弁護士法人龍馬HP http://www.houjinryouma.jp/
今回訪問したHonda Motor Europe Ltd(日系企業)